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現地リポート

2022年全豪オープンの様子を
みなさまにお届けします。

VOL.05

テニスライター 秋山英宏 コラム

1ミリも後悔なし。ダニエル太郎が勝負どころで見せた「Maxリスク」の攻め

 ダニエル太郎の試合を初めて見たのは、2010年のウィンブルドン・ジュニアだったと思う。スリムな体型とトップスピンを駆使するスタイルがグスタボ・クエルテン(ブラジル)を連想させた。もっとも、高い打点からのウィニングショットでクレーのテニスを変えたクエルテンのような攻めの厳しさは、当時のダニエルにはなかった。
 その2カ月後、全米オープン・ジュニアでダニエルは3回戦に進出した。記録を見直すと、1回戦ではドミニク・ティーム(オーストリア)に6-4,6-0で快勝している。この大会にダニエルはクレーコート用のシューズで臨んでいた。それも、新品ではなく使い古し。少しすり減ったアウトソールがハードコートにちょうどいい、と話していたのを覚えている。

 当時の拠点はスペイン・バレンシア。クレーコートで腕を磨くため、ダビド・フェレールのホームコートでもあるテニスクラブに日本から拠点を移したのだ。「スペインのクレーコート仕込み」。以後、ダニエルのテニスは常にこの言葉とともに語られた。

2021年「ATP250 ベオグラード」でのダニエル太郎(getty images)

 グランドスラム本戦に出るようになっても、スタイルは変わらなかった。「しつこさというか、相手からミスを誘えるところが僕の強さだと思います」。こんな言葉を聞いたのは2015年のことだ。

 しかし、より攻撃的にプレーしたいという思いが徐々に強くなった。14年の全米で初出場した四大大会では、なかなか3回戦の壁を破れなかった。一段上に上がるためには、積極的な攻撃と、191センチの身長を生かした時速200キロのサーブが必要と見る人が多かった。しかも、しつこく戦うだけではパワーテニスに太刀打ちできない時代が来ていた。次々に頭角をあらわす若手は、例外なく強打を前面に出して戦う。昨年の全仏では、その代表格、マッテオ・ベレッティーニ(イタリア)に敗れ、こう話した。
「ものすごいパワーがある。信じられないくらいのパワー。フォアハンドは、手首でハエをたたくような打ち方で、あんなにスピードを出せるのは相当、腕の動きが速いと思う。10年前、20年前にはあんなに強く打つ人はあまりいなかった」

 ただ、身についたプレースタイルを変えるのはプロ選手にとって至難のわざだ。特に「より攻撃的に」というのは口で言うほど簡単ではない。
 昨年の全米1回戦では、攻めを早くして「ポイントを早く終わらせる」プレーを目指したが、相手のディフェンスに「またゼロから」、すなわち互角の展開に戻されることが多く、狙いが空回りした。完敗を喫したダニエルは「ちょっと落ち込んでいる。こういうふうに、こてんぱんにやられたのは久しぶり」と嘆いた。

 目指してきた攻撃的なテニスへの脱皮は、この全豪でようやく実現した。1回戦では、「このオフに一番練習した」サーブが威力を発揮、ファーストサーブ時のポイント獲得率は87%に達した。2回戦では、元世界1位のアンディ・マレー(イギリス)を破る殊勲の白星を手にした。

「全豪オープン」でのダニエル太郎(getty images)

四大大会で初めて臨む3回戦では、世界10位のヤニク・シナー(イタリア)に挑んだ。1セットずつ取り合って迎えた第3セット、3-4からのサービスゲームで0-40のピンチを迎えた。サービスエースを連発するなど反撃したが、ブレークを許し、3-5。結局、このゲームが勝敗を分ける分岐点になった。セットを落とし、第4セットはさらにプレーのレベルを上げたシナーの独壇場となった。

 この第8ゲーム、ダニエルは、サーブでもグラウンドストロークでも徹底的に攻めた。そうしてピンチを逃れたが、最後はラリーで押されてゲームを失った。だが、ダニエルには少しの後悔もない。

全豪オープン 3回戦終了後のダニエル太郎とヤニク・シナー(getty images)

「彼が最初の2、3ポイントでスーパープレーをしてきて、0-40になった。僕はMaxリスク出してデュースに戻して、デュースでもMaxリスクでやっていたら、今までになかったミスが出た。でも、あれはあれで、やってよかった。今日は効かなかったですけど、これから効いてくるような大事な場面だったと思う」

 粘るプレー、慎重なプレーをしていたら、自分はそういう選手だと思われてしまう。だから、リスクを負って攻めた。「そこのポイントをとるためだけのリスクではなかった」というのだ。

 それにしても、人はここまで変われるのか。相手のミスを誘うテニスから、最大限のリスクをも厭わない攻めのテニスへ。180度の大転回だ。いや、ダニエルの本質は変わっていない。信念の強さと、彼の言うところの「中途半端にものを終わらせない性格」が、スタイルの転換を成功させ、トップ10プレーヤーと互角に戦えるレベルに導いたのだ。

 プロ転向からこの2月で13年になる。こうやって、時間をかけて着実に歩を進めたところも彼らしい。13年の月日が可能にした、「Maxリスク」の攻撃だった。

秋山英宏

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1961年生まれ。大学卒業後、フリーランスライターとしてスポーツ、レジャー分野を中心に雑誌、新聞で執筆活動を行なう。1987年からテニスの取材を開始し、グランドスラムをはじめ、国内外の主要トーナメントを取材。テニス専門誌に多くの観戦レポート、インタビュー記事などを執筆している。現在、日本テニス協会広報委員会副委員長を務め、同協会の出版物やメールマガジンなどにも寄稿している。

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